財政難に悩む地方公共団体などにおいて、一時流行った「ネーミングライツ」。
公共施設の命名権を民間企業に売却し、企業名や商品名を公共施設の名称に関してもらうことで、地方公共団体は収入を確保し、民間企業は広告効果を得られるという、一見「Win-Win」な取組です。
ところが、このネーミングライツ、ライブを楽しむ音楽ファンにとっては、何とも微妙な雰囲気を作り出してしまうことがあります。
本日は、そうした事例と、その背景にあるものについて考えてみたいと思います。
- そもそもネーミングライツとは何なのか知りたい
- どのようなネーミングライツ導入施設があるのか知りたい
- ネーミングライツ導入施設のライブについて聞きたい
- ネーミングライツの問題点について議論したい
もくじ
そもそもネーミングライツとは
まず、このお話を掘り下げる前に、そもそもネーミングライツというのは何なのか、改めておさらいしておきましょう。
ネーミングライツとは、地方公共団体などの施設所有者が、その施設の名称を付ける権利を、民間企業等に売却するもの。これにより、施設所有者は収入を得ることができ、そして民間企業等は宣伝効果を得ることができるのです。
もともとはアメリカで始まった取組でして、日本では2003年に東京スタジアムのネーミングライツが味の素株式会社に売却され、「味の素スタジアム」という名称がつけられたのが最初の事例です。
ネーミングライツの具体的事例
さて、前述のように、日本におけるネーミングライツの事例は、2003年の東京スタジアム⇒味の素スタジアムなわけですが、その後、わが国においても、地方公共団体や第三セクターを中心に、多くの施設管理者が、その命名権を売却し、企業名や商品名を冠した施設が登場するようになりました。
以下、主なもの、特徴的なものを表にしてみました。
正式名称 | ネーミングライツ名称 | 企業名等 |
---|---|---|
東京スタジアム | 味の素スタジアム | 味の素 |
千葉マリンスタジアム | ZOZOマリンスタジアム | ZOZO |
渋谷公会堂 | LINE CUBE SHIBUYA | LINE |
西武ドーム | メットライフドーム | メットライフ生命 |
大阪ドーム | 京セラドーム大阪 | 京セラ |
長居陸上競技場 | ヤンマースタジアム長居 | ヤンマー |
京都会館 | ロームシアター京都 | ローム |
広島市民球場 | MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島 | マツダ |
福岡ドーム | 福岡PayPayドーム | PayPay |
スポーツ施設や文化施設を中心に、数多くの施設で、ネーミングライツが導入されています。その対象企業は、施設が立地する地域に密着した企業もあれば、必ずしもそうでない企業もあるなど、導入の経緯は実に多様そうです。
ネーミングライツによって、ライブがダサくなる?
さて、そんなネーミングライツですが、私たち、音楽を楽しむ者にとって、小さな…だけど看過できない、一つの問題点があります。
それは何かというと、「ライブがダサくなる」ということ。
多くのライブにおいて、出演者が来場者とコミュニケーションをとるために、会場名を絶叫する…といったシチュエーションがあります。これ、一般的な地名を冠した施設であれば特段の違和感がないのですが、やっかいなのがネーミングライツ導入済み施設の場合。
hide memorial summitのワンシーン
たとえば、これは非常に有名な話なのですが、2008年に開かれた「hide memorial summit」。これはネーミングライツ導入後の東京スタジアム…要は味の素スタジアムで行われました。
このライブは、hideの十周期追悼で行われたライブで、hideにゆかりのある、数多くのバンド・ミュージシャンが2日間にかけて圧巻のパフォーマンスを見せつける、非常にすさまじいイベントでありました。
その出演者の中でも、特に存在感を発揮していたのが、LUNA SEA。
このLUNA SEAの出番の中で、終盤に演奏されたのが「ROSIER」。LUNA SEAの代表曲で、ギターソロの前には本曲の原作曲者でもあるJ氏が、メッセージを大声で叫ぶとともに、最後に、ライブの会場となっている場所の名称を絶叫して、マイクスタンドを後方へ投げ捨てる…というパフォーマンスがあります。
ここは、普段のライブであれば「東京!」「大阪!」などの地名を叫ぶことになるのですが、このhide memorial summitで叫ばれたのが、なんと「味の素!」というワード。
もちろん、一般論としては、当該会場の施設名称を叫んだだけであり、割と良くあるパフォーマンスの一形態ではあるのですが…ここで叫ばれた「味の素」と言う言葉で真っ先に頭に浮かべるのは、オーディエンスの一般的な感覚だと、ライブ会場ではなく、あの調味料の方でしょう。
非日常を味わうはずのライブにおいて、突如突っ込まれた日常感前回のワード…。
もちろんこれは、パフォーマンスを行ったJ氏が悪いわけでは全くありません。
問題視すべきは、多くの人に親しまれてきた施設に、安直なネーミングをしてしまい、施設の価値を下げるようなことをしてしまった運営者側の方です。
伝説のライブの舞台になった「渋谷公会堂」では…
一方、東京都渋谷区にある、正式名称「渋谷公会堂」のお話。
この渋谷公会堂は、BOOWYが1987年12月24日に解散宣言を行った、わが国におけるロックを語る上で外すことのできない、伝説の場所と言って良いでしょう。
さて、そんな伝説のライブの舞台となった渋谷公会堂も、ネーミングライツで名称が変わっています。
一度目のネーミングライツは、電通を通じて命名権を購入したサントリーによる「渋谷C.C.Lemonホール」。契約期間は2006年10月1日からの5年間でした。
「あの伝説の渋公が、渋谷C.C.Lemonホールに…?」
多くの音楽ファンが、そのネーミングセンスの微妙さに戸惑ったものでした。
ただ、このネーミングライツは、契約期間の5年間が満了した後、更新されることはありませんでした。施設設置者である東京都渋谷区は、別の命名権購入者を募集していたようですが、結果として手を挙げるところはなく、渋谷C.C.Lemonホールは、「一時的に」、渋谷公会堂に戻ったのでした。
なお、渋谷公会堂はこの後、建て替えがなされることとなり、2019年にリニューアルオープン。現在は、その運営に構成員としてかかわることになったLINE株式会社がネーミングライツを活用する形で、「LINE CUBE SHIBUYA」という名称が付けられています。
ネーミングライツで失われる「市民の誇り」
このように、いくつかネーミングライツの事例を見ていきましたが、これらはいずれも、非日常的な空間であるはずのライブ会場という場所に、日常感全開の商品名称が持ち込まれることによって、なんとも無粋なものになってしまう…というお話です。
一方で、施設運営者側も、慈善事業で施設を持っているわけではないですから、目先のランニングコストの財源を確保しないといけなかったり、地方公共団体の公共施設だと団体の財政運営の事情などもあったりして、どうしてもきれい事ばかり言っていられず、なりふり構わずに収入を確保しないといけない…というような現実があるのも、分からないではありません。
しかしながら、そこで施設の名前を企業に売り渡し、企業に安易な名前をつけられてしまうと、これまでその施設に親しみ、その施設で育まれてきた文化や思い、さらには誇りが失われてしまいかねません。
冒頭、ネーミングライツは「Win-Win」という話をしましたが、実はこれはあくまで「施設管理者と企業のWin-Win」でしかなく、そこに利用者の視点が一切入っていないのです。
安易なネーミングライツは、市民の誇りを失わせかねない…。ネーミングライツには、この視点も重要ではないかと考えます。
【まとめ】文化としての「名前」を大事にしよう
今回は、「ネーミングライツ」をテーマに、音楽ライブの会場となるような施設を中心にこれまでの事例と、問題点などについていくつか考えてみました。
ネーミングライツには、施設運営者側には貴重な財源確保の手段であり、また広告手段としてネーミングライツにかかわる企業にとっては非常にインパクトの強い宣伝効果を得られるもの。
一方で、設置以降、さまざまなイベントを実施してきた公共施設は、従来からの名称で多くの人に親しまれ、そこで誇りと文化を育んできたという経緯があり、あまりにも安直なネーミングをしてしまうと、そうした誇りと文化を壊してしまいかねません。
もちろん、これから人口が減少していき、その中で文化施設を維持していこうという中で、ネーミングライツのような手段そのものが否定されるわけではないと、私も思っています。
ただ、その手段を活用するにあたっては、その施設をそれまで大事にし、愛してきた利用者たちの思いに、十分な思いを馳せながら、そうした思いに寄り添えるような形にしないといけないんじゃないかな…。
少し情緒的すぎるかもしれませんが、ネーミングライツで妙な名前になってしまった施設を見るたびに、私はいつも、そんなことを思っているのです。
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